佐野真由子研究室

文化政策学分野

Professor Mayuko SANO, Cultural Policy Major

 京都⼤学では、⼤学院教育学研究科・教育学部(教育社会学講座)に、文化政策学の研究室が置かれています。この位置づけは、文化政策というものを、狭義の文化活動を盛んにする策としてではなく、人間形成全般にかかわる社会の⼤きな営みとして捉えていく視座を打ち出した、きわめて重要かつ、今⽇において先進的なものです。

 2018年4月にこの分野が開設されるとともに、着任いたしました。年来温めてきた「⼤きな文化政策学」の構築に向け、京都⼤学ではまだ新しいこの分野に関心を持つ学生さんたちと、挑戦を始めています。

佐野真由子の写真
佐野真由⼦略歴

国際関係と文化の問題が交わるところで、研究と実務の経験を重ねてきました。

学歴
1992年 東京⼤学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業
1999年 ケンブリッジ⼤学国際関係論専攻MPhil取得
2015年 東京⼤学⼤学院総合文化研究科より博士号(学術)取得
職歴
1992〜2002年 国際交流基⾦勤務
2002〜2005年 UNESCO本部文化局文化遺産部勤務
2005〜2008年 静岡文化芸術⼤学文化政策学部専任講師
2008〜2010年 静岡文化芸術⼤学文化政策学部准教授
2010〜2018年 国際⽇本文化研究センター海外研究交流室准教授
2017〜2018年 ⻑崎県⽴⼤学地域創造学部教授(クロス・アポイントメント)
2018年〜 京都⼤学⼤学院教育学研究科教授

佐野真由子の研究

research
 研究業績や、研究に関連した社会的活動等の詳細については、京都⼤学教育研究活動データベース(kyoto-u.ac.jp)を参照してください。

 現在の研究は、⼤きく以下の諸軸によって説明できます。しかし、1〜4の文⾯にも表われているとおり、お互いが深く連動しており、完全に区分することはできません。とりわけ第4の軸(「⼤きな文化政策学」)は、全体を包含し、新しい学問のあり方を切り開こうとするものです。

1. 文化政策史の研究

 ⽇本にとって、幕末の開国期に始まる「国際社会へのデビュー」の過程は、自国の文化をどう捉え、世界に向けて語るかという課題を招来しました。市井の生活様式から、研ぎ澄まされた芸術的営みまでを含めて、この社会を構成する人々の文化に、近代国家としてどのような方針をもって臨み、それを活用し、また方向づけるのか……今⽇の言葉で言う「文化政策」的思考の発端となったのです。その時期から現代に至る⽇本の文化政策史を連続的に捉え、各時代の論点を掘り起こすことに努めています。2011年に発刊されたフランス文化省歴史委員会による論集Pour une histoire des politiques culturelles dans le monde(世界の文化政策史に向けて)で「⽇本の文化政策」を担当したことも、重要なステップの⼀つでした。

 歴史の最新局⾯においては、UNESCOを主要な発信源とする国際文化政策の影響⼒が強まり、⽇本を含む各国の文化政策は、意識するとしないとにかかわらず、「世界の文化多様性の⼀角を担う」という役割を背負うようになっています。この方向性を批判的に検討することに、とくに関心を持っています。

2. 文化交流史(外交の文化史)研究

 上述のような公的政策の動向を背景としつつ、ある社会の文化が他の文化と現に接触し、影響し合いながら変容してきた具体的な様相に着目する、文化交流史の研究を⼤切にしています。公的文書のみならず、⽇記や書簡など、あらゆる種類の現存資料を渉猟することによって、各時代の文化を体現して生きた人々の経験を掘り起こす研究です。

 なかでも、19世紀半ば、⽇本が鎖国から開国に向かって歩んだ時期、最前線で自国を代表するために来⽇した欧米諸国の外交官や、その相手方となった徳川の幕臣たちは、それぞれにとって未曾有の「異文化」に直⾯することになりました。彼らに焦点を当てた研究は、国際関係論と⽐較文化史が交わるところから学び始めた私が、いまも拠って⽴つ基盤です。国と国の歴史は、彼らひとりひとりの人生と切り離すことのできない、人間たちの⼀挙手⼀投足の集積にほかなりません。外交史を人間の営みとして⾒直していくことにつながるこの視座を、恩師の勧めに従って「外交の文化史」と呼んでいます。

3. 万国博覧会史の研究(万博学)

 幕末〜明治初期の⽇本人が国際社会を背景に自国の文化について考えるようになった最⼤の舞台が、当時、欧米で次々と開催されるようになった万国博覧会でした。学生時代、19世紀の万博に⽇本がいかに参加したか、という角度から研究を始め、次第に、万博を開催・運営する側や、今⽇の新しい万博を含め、万国博覧会史の全貌に関心を持つようになりました。2020年には、新しい視点で書いた万博の通史を発表しました。

 この軸は、万博という具体的な催しに焦点を当てているため、他と⽐べて異質に感じられるかもしれません。むろん、万博史研究の個々の局⾯は、上記の1や2とも関係します。しかしこの、⼀世紀半にわたって膨⼤な資源を動員しながら引き継がれてきた国際社会の公式イベントは、それ自体が無限に研究トピックを提供してくれるだけでなく、これを掘り下げることで、各時代の人間と世界を⾒通すことのできる、いわば感度の⾼い広角レンズなのです。その意味で、万国博覧会は私の研究にとって独特の⼤きな位置を占めています。

 このような万博史研究のあり方は、とくに2010年以降、共同研究プロジェクトを継続的に組織し、多様な分野の研究者や博覧会の現場で活躍する専門家らと議論を重ねることで確⽴されてきました。

万博学研究会(旧「万国博覧会と人間の歴史」研究会)
万博学研究会

2010年の上海万博を機に手がけた⼩さな共同研究の試みが、国際的なネットワークを担うことのできる、⽇本の万博研究の拠点に発展しました。2020年には「万博学」のコンセプトを打ち出すとともに、研究会も新名称に改称、30名の現有メンバーをコアに研究を重ねながら、どなたにも開かれた議論の場を提供しています。

万博学研究会
https://cp.educ.kyoto-u.ac.jp/expo-logy/

4.「⼤きな文化政策学」の構築に向けた研究

 「⼤きな文化政策」と称するのは、包括的で、多分野に浸透し、社会全体の基層をなすような、最広義の文化政策のことです。「文化政策」という言葉がまだなかった近代⽇本の草創期、国づくりの努⼒は、その全体が、⽇本文化の将来を考えることにほかなりませんでした。ところがその後、「文化政策」という領域が⽴ち現れ、専門化が進むのと引き換えに、それは狭義の文化活動を盛んにするための方策、またいわゆる文化予算の多寡を論じるものへと、縮まってしまいました。「⼤きな文化政策」は、その矮⼩化された認識を転換し、人間の営み全般に関係するものとして捉えなおす文化政策であり、仮に⾏政の縦割りに即して言えば、文化庁の所掌領域のみを指すのではなく、むしろ他のすべての政策領域を射程に収めるものです。

 そのような「⼤きな文化政策」についての「学」は、事実上、あらゆる学問分野の関与を可能かつ必要とします。「総合的人文知が社会にかかわろうとする界⾯」と表現しうるような、真に包括的な新領域として、「京都⼤学の文化政策学分野」をつくっていきたいと考えています。これは⼀つの研究軸であると同時に、上に述べた諸軸の研究や、私の実務⾯の経験をも総合して進めていく、⻑期的なチャレンジです。

 この試みの⼀環として、学問および実務の諸分野に知⾒を持つ方々と、方法論からともに模索し、議論していくためのプロジェクトを発足させました。

新しい文化政策プロジェクト
新しい文化政策プロジェクト

2019年に、京都⼤学学際融合教育研究推進センター「分野横断プラットフォーム構築事業」の支援を受けて発足しました。「⼤きな文化政策学」を構想していくうえで、重要な土台となる取り組みです。

新しい文化政策プロジェクト
https://cp.educ.kyoto-u.ac.jp/cp-pro/

主な担当授業

selected courses

以下の各科目を柱として、文化政策学分野を志向する学生の学習過程を組み⽴てています。

授業紹介は、主として2021年度の各科目シラバスから抜粋したものです(年度により、内容を調整する場合があります)。履修計画を⽴てる学生は、必ず各年度のシラバスで、具体的な授業計画等の詳細を確認してください。
学部2回生向け

文化政策学概論

 本講義では、文化政策を広く「文化の観点から国づくり、社会づくりを考えること」、ひいては「⼀国の文化の将来を構想すること」「ある社会の人々の生き方を選択すること」と捉える。国際社会のなかでどのように生き抜くかという選択を求められた近代⽇本の国づくりは、その意味で、まさに文化政策そのものであったと言うことができる。

 こうした視点に⽴ち、この授業は⽇本の近現代史を「文化政策史」として学び直す形で進められる。そのような広義の文化政策のなかで、文化財保護政策、芸術振興政策、文化交流政策等、狭義の文化政策と言うべき個別専門分野の歴史と現状も取り上げる。ただし、制度等に関する具体的な知識よりも、つねに「何のため?」「誰のため?」を考え、個々の人間にとっての文化政策の意味、問題点を問う姿勢を獲得することを重視する。

学部2回生向け

相関教育システム論基礎演習(佐野担当クラス)

 政策の対象としての文化とは何か、文化を政策の対象とするとはどういうことか。

 たとえば、伝統文化を保存する、文化遺産を顕彰する、文化多様性を推進する……これらの⾏為、考え方は、⼀般に「良いこと」「美しいこと」として認識されている。しかし、文化が人々の間で自然に、無意識のうちに継承されている状態を離れ、意識的な維持・推奨、さらに公的な政策の対象となるとき、そこにはじっくりと検討してみなければならない多くの問題が発生している。

 それらの問題について考えるため、「ある文化を〈守る〉〈推進する〉といった作為を施す資格を誰が持っているのか―文化は誰のものか―」という問いを授業の⼤テーマとして念頭に置き、その意味について各自の問題意識を発掘する。同時に、授業全体を⼩論文執筆準備の過程と捉え、適切な構成を持つ優れた⼩論文をまとめる手法を徹底的に訓練する。

学部3・4回生向け

文化政策学専門ゼミナール

大学院修士課程向け

文化政策学演習

 広義の文化政策学を志す学生を対象とした演習である。幕末〜明治期における文化をめぐる葛藤や、その取り扱いに関する基本文献を読み進め、討論を重ねることを通じて、文化の視点から⾒た近代⽇本社会の成り⽴ちや、今⽇の文化政策が抱える問題点の源流について理解を深める。

 同時に、文献講読とディスカッションを重ねるなかから、各自の関心に従い、歴史的・実践的な観点を併せ持った研究構想を育てることを目標とする。授業で得た知⾒をもとに、それぞれの論題を⽴て、資料を収集して考察を深め、前・後期末に向けてゼミ論文をまとめていく。

 なお、学生それぞれの研究段階に応じ、上記の過程に卒業論文/修士論文指導を組み込むものとする。

大学院生向け

文化政策学研究

 本授業では、文化外交を含む広範な文化政策の領域について、文献講読ならびに政策実践の現場視察等を通じ、過去から現代にわたる重要な論点を検討する。ディスカッションを重ねるなかから、文化政策学を不断に刷新し、研究方法の深化を図ることが目的である。

 取り上げる文献を含め、授業の具体的な進め方は、受講者と話し合って決定する。文献講読以外の資料分析、実態調査その他の作業を共同で⾏うこともありうる。

 とくに、担当教員が学内外のメンバーと進める「新しい文化政策プロジェクト」と連動した授業進⾏を想定し、受講生には同プロジェクトから学ぶ機会を多く設ける予定である。

その他

  • 「文化政策学特論」(院生、学部生共用)は、専攻にかかわらず、「広く社会の諸相を掘り下げようとする誰もが、その基礎として文化を捉える意識を研ぎ澄ませ、隠された問題に自ら気づくことができるようになること」を狙いとし、すべての学生に開かれた議論の場として運用しています。
  • 文学研究科国際連携文化越境専攻で、“Japan’s early diplomacy during the last decade of the Tokugawa Shogunate”と題した幕末外交史のコース(英語授業 Research 1~3-Seminar(SEG)(Lecture))を受け持っています。教育学研究科・教育学部生も、「生涯教育文化情報専門講読演習/相関教育システム論講読演習」として受講できます。

書籍案内

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